蝸牛 角 上 の 争い。 【争い】蝸牛角上の争い、一日の長、角逐、鬩ぐ、彼我の差

蝸牛角上の争い:原文・書き下し文・意解

蝸牛 角 上 の 争い

蝸牛角上の争い(かぎゅうかくじょうのあらそい) 古来より、人は自らの教訓を言葉で残し、古人の知恵や経験を「故事成語・ことわざ」として現代に伝えてきました。 その中から、時を超えて、人生に様々な示唆を与えてくれる「故事成語・ことわざ」を独断と偏見で選んでみました。 きっとビジネスだけでなく、人生においても参考になるでしょう。 今回選んだのは、 蝸牛角上の争い(かぎゅうかくじょうのあらそい) という中国の古書「荘子」の中で出てくる寓話が出典の故事成語です。 「蝸牛角上の争い(かぎゅうかくじょうのあらそい)」とは 「蝸牛角上の争い(かぎゅうかくじょうのあらそい)」とは、 「 ささいなことや、つまらない争い」という意味で使われます。 「蝸牛(かぎゅう)」とは「かたつむり」のことですが、かたつむりの左側の角にいる触氏と右側の角にいる蛮氏が角の上で領土を争い、数万の死者を出した上で矛を収めたという寓話が元で「蝸牛角上の争い」という言葉が生まれました。 そして、魏が斉を攻めようとした時にこの寓話を聞いた魏王は「蝸牛角上の争い」の真意を悟って、戦いを取り止めたと言います。 人は目の前で起こっている事象にどうしてもとらわれがちですが、一歩二歩下がって冷静に考えることで、実際は非常に些末なことが多かったりします。 物の本質をしっかりと掴み、枝葉末節ばかりにとらわれないようにしたいものです。 人生に役立つ言葉を見てみよう・・・ 役立つ用語集「」を見てみる.

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蝸角の争い(かかくのあらそい)

蝸牛 角 上 の 争い

スポンサーリンク 「蝸牛角上の争い」の由来となった話 大昔の中国大陸に梁(りょう)という国がありました。 梁には恵王という王様がいました。 梁は他国の斉と同盟を結びましたが裏切られてしまう目に遭います。 恵王さんは怒りました。 裏切った斉にどのような復讐をするべきか。 恵王さんの家臣たちは様々な意見を進言します。 ある者は「斉を攻めましょう」と言い、別の者は「攻めるのはやめましょう」と言い、他の者は「彼らの意見を聞いてはなりません。 道家の考えを採用するのがいいです」と言いました。 そのような状況にあった中でのお話です。 古典「荘子(そうじ、そうし)」の則陽にこの話が掲載されています。 私なりに現在の言葉で表現してみます。 誤ったところがあるかと思いますがご了承ください。 以上のような家臣の進言を聞いていて恵王さんに仕えていた恵子さんという人が戴晋人(たいしんじん)さんという大変優れた人物を招き恵王さんに会見させました。 恵王さんが斉にどのような態度で臨めばよいか戴晋人さんに尋ねたのでしょう、戴晋人さんが話を始めました。 戴晋人「恵王様は皆がカタツムリと読んでいる生き物をご存知でしょうか?」 恵王「知っておるぞ。 」 戴晋人「カタツムリの左側の触覚に国を持っている者がいました。 その名を触氏と言いました。 カタツムリの右側の触覚に国を持っている者もいました。 その名を蛮氏と言いました。 ある時触氏と蛮氏がお互い土地を争って戦いました。 数万もの兵員が死亡し、一方の軍が十五日以上逃亡する相手を追い、その後撤収しました。 」 恵王「あぁ、おぬしが言っているのは架空の話だな。 」 すると戴晋人さんは言いました。 「私は是非恵王様にお願いしたいのです。 恵王様のために実際の話で説明いたします。 恵王さまは実際のこの世界が四方上下の方向に限りがあると思われますか?」すると恵王さんは「いや限りは無いと思う。 」と言いました。 戴晋人さんは言いました。 「心の中で無限の世界を理解することが出来ながら、一方でよく御存じの限りのある国におられるということは、存在しているようで実は存在していないようなものでありましょう。 」 このような話が「荘子」の中に載せられています。 結局、戴晋人さんは「限りの無いこの広い世界で恵王さんが斉という国を討伐するかどうかということは蝸牛の触覚の左右で争う触氏と蛮氏と同じくらい小さなことですよ。 」ということを言いたいのだそうです。 「道家(どうか)」は道教という老子さんや荘子さんの思想によって出来ている中国の教え(無為自然の考えで行動する)を信奉している人のことを意味します。 スポンサーリンク いさかいを起こしている当事者は頭が熱くなっていますから戴晋人さんのような冷めたものの見方はなかなか難しいのではないでしょうか。 ただ、争いに関わっていない人から見れば目にした争いは小さなことにしか見えないのかもしれません。 周りの人はそんな風に見ているかもしれない、ということを争いの当事者となった場合はわきまえておいたほうがいいかもしれませんね。 国と国との争いが小さいことだというのなら、人同士の争いや集団同士の争いなどもっと小さいことになります。 ということになると戴晋人さんに言わせれば、大抵の争いは「蝸牛角上の争い」ということになってしまいますね。 道教の考えからすると、争いなど馬鹿馬鹿しいことに過ぎないということでしょうか。 今回の記事は以上となります。 最後までご覧いただき誠にありがとうございました。 ご了承ください。 故事成語関連記事「『陰徳陽報』とは?意味や由来となっている古典について」はです。 故事成語関連記事「故事成語『鼎の軽重を問う』の意味や読み方、由来について」はです。

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蝸牛角上の争い(かぎゅうかくじょうのあらそい)

蝸牛 角 上 の 争い

蝸牛角上の争い(かぎゅうかくじょうのあらそい) 意味:こまかなことを争うたとえ。 せまい世界での争い。 戦国時代、魏(ぎ)の恵王(けいおう)は斉(せい)の威王(いおう)と盟約を結んだが、 のちに威王がこの盟約を破った。 これに怒った魏の恵王は刺客を送ろうと考えた。 それを知った公孫衍(こうそんえん)はこれを恥ずべきことと思い、王に言った。 「王は多くの民の王であられるのに、 身分の卑しい男がするような方法で恨みを晴らそうとなさる。 わたくしに二十万の兵をお与えくだされば、王のために斉を攻め、 人民どもを捕虜にし、家畜を捕獲し、 その君主の背に内熱を発せさせ、斉の国を取りましょう。 将軍の田忌(でんき)が逃げ出せば、背後から討ち、 その背骨を打ち砕いて見せましょう」 季子(きし)はこれをきいて恥ずかしく思い言った。 「八十尺の城壁を築くのに、すでに七割がた築いているのに、 これをまた壊すとは、工事人夫を苦しめるものです。 今、七年間戦がないのは君が王者となられるための基礎です。 公孫衍は国を乱す者です。 お聴き入れになってはなりません」 華子(かし)がこれを聞くと、また恥ずかしく思い、言った。 「斉を討伐しようとたくみに言い立てる者は、世を乱す者ですが、 また討伐してはならないとたくみに主張する者も、世を乱す者です。 そして、討伐論者も討伐反対論者もともに世を乱すものだと言うこの私も、 また世を乱す者です」 魏王は 「では、どうしたらよかろうか」 とたずねた。 「王は、真実の道を求められることです」 恵子(けいし)はこれを聞くと、戴晋人(たいしんじん)という賢人を 恵王に引き合わせた。 戴晋人が言った。 「王は、蝸牛(かたつむり)というものをご存知ですか」 「知っておるとも」 王がそう答えると、戴晋人はこんな話を語った。 「この蝸牛の左の角の上に触氏(しょくし)という者が国を構えておりました。 また、右の角の上にも国を構えている者がおり、これを蛮氏(ばんし)と申しました。 あるとき、両者は領土をめぐって争い、激戦のため死者が数万にものぼりました。 そして、逃げる敵を十五日間にもわたって追いかけた末、ようやく引き上げました」 「なんだ、作り話ではないか」 と王がいうと、 「では、わたくしがこれを真実の話にして差し上げましょう。 王にはこの宇宙の四方上下に際限があると思われますか」 「際限はなかろう」 「ならば、この際限のない宇宙の中に心を解き放てば、 我々の往来している国などは、いかがでしょう、 取るに足らないものではありませんか」 「うむ」 「この往来できる国々の中に魏という国があり、 魏の中に梁(りょう)という都があり、 梁の中に王がいらっしゃる。 さてはて、この宇宙の中で、王と蛮氏との間でどれほどの違いがございましょうか」 王はいった。 「なるほど、違いはない」 戴晋人が退出した後、恵王はしばらく呆然としていた。 そして、恵子に会うと、 「あの男はたいした人物だ。 聖人でもあれには及ぶまい」 といった。 恵子が言った。 「笛を吹けばぴゅうっと大きな音がしますが、 剣の柄の穴を吹いてもすうっと音がするだけです。 人々は堯(ぎょう)や舜(しゅん)を誉めそやしますが、 【荘子・則陽】.

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