尼崎 事件 今日。 『家族喰い』 尼崎連続変死事件の真相

尼崎市に関するトピックス:朝日新聞デジタル

尼崎 事件 今日

作者:村山満明、大倉得史、稲葉光行 出版社:現代人文社 発売日:2016-01-05• 尼崎事件は兵庫県尼崎市を中心に複数の家族が監禁・虐待され、死へ追いやられた連続殺人事件である。 首謀者の角田美代子は、長年に渡り、様々な家族を乗っ取り、金を脅し取ったうえで、崩壊させていった。 その過程では、少なくとも9人が死へ追いやられており、しかも角田美代子が直接手を下すのではなく、取り込んだ家族を意のままに操り、家族同士で暴力を振るわせ壊滅させたことが特徴とされる。 逮捕から約1年後の2012年12月12日、角田美代子は留置場で自殺した。 そのため本事件の真相が永遠に解明されない可能性は高い。 だがそれを、巻き込まれた一人の人物の視点へ着目することによって、この事件がどのように起こりえたのか解明しようと試みたのが、本書『尼崎事件 支配・服従の心理分析』だ。 著者は、被告人Aの弁護団から依頼され情状鑑定を引き受けた、心理学者および情報科学研究者のグループ。 実際に、裁判で提出した情状鑑定の報告書を加筆・修正したうえで、刊行された。 被告人Aとは、2006年から尼崎事件の主犯であった角田美代子と同居し、尼崎事件として総称される事件の一部へ関与した岡島泰夫(仮名)。 岡島は2件の殺人のほか、監禁、死体遺棄など4件の事件で起訴され、懲役15年の判決が下されている。 それにしても、暴力団等の組織に属していたわけでもない一人の中年女性に、これほど多くの家族が巻き込まれ、壊滅させられてしまったというのは、一体どういうことなのか。 これまでほとんど類例がなかったと思われる事件の謎を、心理学的なバックボーンから紐解いていく。 ちなみに、ここで使用される心理学とは主に「ミルグラムの実験」と「スタンフォード監獄実験」の2つを指す。 「ミルグラムの実験」は、ごく普通の一般人たちが、科学の発展に資する実験の実行者という役割を与えられ、研究者の指示にきちんと従うよう要請されただけで、通常自分からは決して行わないような残虐な行為をいとも簡単に実行してしまった実験のことである。 一方、ジルバルドーの「スタンフォード監獄実験」は、スタンフォード大学に模擬刑務所を造り、心身ともに健康な男子学生の被験者24名を無作為に囚人役と看守役に分けて、看守に囚人の監視をさせたものである。 開始後数日のうちに、看守役が行動をエスカレートさせ、囚人役に病的兆候を示すものが出てきたため、わずか6日で実験中止になったことでも知られている。 これら2つの実験から導かれるのは、「個人の人格」よりも「状況の力」が優位に立つことにより、権力構造の中では、いとも簡単に特殊な心理状態へ移行するという事実である。 しばしば人の行動を決めるのは、その人がどういう人物かではなく、どういう状況に置かれるかということに依存するのだ。 事実、岡島のパーソナリティ分析の結果からも、大きな偏りはなかったことが明らかになったという。 本書の恐ろしさは、3度に分かれてやってくる。 まず最初に訪れるのは、本書に描かれた凄惨な記述による畏怖だ。 尼崎事件に関しては、あまりにも事件の全貌が複雑すぎて、理解するだけでも難しい。 しかし巻き込まれた加害者・岡島康夫の視点にフォーカスを絞ることで、様々なターニングポイントがクリアになってくる。 夜を徹して家族会議を行い、なぜか角田美代子への忠誠を誓い合う。 命じられるままに、他人の見ている前で夫婦がセックスをする。 逃げても逃げても、毎回必ず連れ戻される。 家族同士で殴り合いをさせられ、やがて殺し合いへと発展する。 その後は死体の解体作業までもを、表情一つ変えずに行う。 思わず目を背けたくなるような情景が、学術的なトーンで淡々と綴られていく。 次に訪れるのは、このような服従のテクニックに対して、世の中があまりにも無知で無防備であるということへの恐怖感である。 いわば「サイコパス」と称されたり、「社会の闇」と形容されることで片付けられがちであるが、この凄惨きわまりない行為が「状況の力」や「服従の心理」に精通すれば、スキルとして身につけられる類のものであることが見えてくる。 最後は、これだけ状況の力が支配的であるならば、もし自分が同じ立場になった時にも同様の行為を実行するかもしれないという恐怖である。 パーツ、パーツだけを眺めていけば、荒唐無稽な行為をしているようにしか思えないが、それは日常という高みから眺めているからにすぎない。 この悪魔の階段は、途中まで階段とは気づかぬほど緩やかで、気づいたときには既に逃れることが難しい。 本書の後半では、岡島の置かれた状況を時系列に並べながら、その時々における岡島の心理状況が分析されていく。 キーワードは、「無力化」と「断絶化」である。 始まりは、たった20万円の借金からであった。 角田美代子がまず恩を着せ、貸しを作る。 タイミングを見て難癖をつけ、恫喝する。 さらに親分的な役割に徹し、社会生活の場から切り離していく。 その後は異常な執拗さで、何度も迫る。 誰も気づかないところで無力化と断絶化のプロセスが開始し、徐々に相手に対する優越性が確立されていく。 これを著者は、以下のような図式にまとめている。 その積み重ねから、やがてロボットのような存在に成り下がり、美代子の犯罪行為を幇助する羽目へと陥っていく。 家庭内暴力、カルト宗教、強制収容所、刑務所、軍隊等で用いられる、人間を奴隷化するための方策は、古今東西を問わず非常に似通っているのだという。 昨今メディアを賑わす、野球賭博、ブラック企業、覚せい剤やテロといった大きな事件であっても、最初は実に小さな一歩から始まったことだろう。 本書に書かれている内容は、同じような状態に置かれた際、誰にでも起こりうることとして理解すべきであり、しかも出来るだけ早い段階で気付くことにしか防ぐ手段はない。 人間を人間たらしめているのは、社会の中で生きてこそだ。 他者との関係において存在する「自己」の感覚が粉砕されてからでは、もう遅い。

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こうして角田美代子は、人間をロボット化させた! 『尼崎事件 支配・服従の心理分析』から見えた戦慄のメカニズム

尼崎 事件 今日

尼崎は何故 酷い事件が多いのですか? 何か土地柄的にとか民族、風習のような偏りがあるのでしょうか? そこに 住んでおられる方々 すみません 他の地域でも まぁありますが 。。。 目を被 うような事件が目立つようなきがして不思議です。 私の縁遠い祖父は 実は 尼崎の人です。 父方のおじいさんにあたるのですが 父が幼少時、酷い虐待を受けていたらしく 幼い弟を連れて こっそり家から逃げ出したきりだそうです。 なので 私はその祖父の墓も知らないし 震災もあり 今はどうなっているのかも解りません。 別にどうしたい訳でもないのですが 何か事件があると 「また 尼崎か、、、多いなー?」 と感じます。 世知辛い世の中なので 今時は 珍しい事ではないかも知れませんが。 皆さんは どう思われますか? こんにちは。 尼崎市民です。 尼崎との縁が深い近松門左衛門の言葉に、 次のようなものがあります。 「侍とても尊からず、町人とても賎しからず、尊い物は此胸一つ」 自分は、これまでのご回答(やや悪意も感じますが)とは違って、 尼崎人とても賎しからず、 のような気がしますね。 地域性が起こさせたのではなく、犯罪を起こすご本人の 人間性、心(胸)がそうさせていると感じます。 犯罪発生「率」は、名古屋に次いで46位だそうですが、 目立つ事件が続いたからといって、地域性に短絡する 根拠は乏しいと感じますし、特に前回の事件では苗字ではなく 地名で呼んでしまったために、あたかも怖い地域という イメージになってしまったように思いますね。 もちろんひったくりが多いとか、悪い面もあります。 ただ、凶悪事件を生む土地柄があるかと問われると それは否定する必要があると思いました。 尼に越してきて5年目になりますが、ご近所さんは いい方が多いです。 今回の事件は自宅から 結構近かったのもあって、かなり驚きました。 人間には、自分より下のものを作っておくと安心する方も おられます。 もし尼崎がそうであるならば、悲しいですね。 画像)市内にて 尼崎は兵庫県の縮図です。 連続児童殺傷犯の酒鬼薔薇聖斗は神戸市出身。 大教大付属児童多数殺傷犯の宅間守は伊丹市出身。 ドラム缶殺人の角田美代子は尼崎市出身。 山口組総本部は神戸市。 そして穢多頭の弾直樹は神戸市出身。 これは尼崎市だけの問題ではなく兵庫県全体の歴史的社会構造 に要因があります。 西宮は芝村と呼ばれ関西ひいては日本トップクラスの規模の 革多村(被差別部落)があります。 それは神戸や芦屋、西宮、尼崎に多く分布しました。 いわば、畿内に住めなかった穢多・非人、 若しくは罪人として畿内から追い出され兵庫県に押し込まれました。 こういった背景から兵庫県は非常に被差別部落地区が多いのです。 そして、戦前から朝鮮人の船着場もあり多くの渡来朝鮮人が 兵庫県南部に流入しました。 そして小さなコミュニティを形成し、朝鮮部落が誕生していきました。 その後、同和利権に目を付けた在日朝鮮人は 被差別部落地区の部落民とともに同和行為を繰り返し 同時に混血が進みます。 また、純粋な朝鮮人によるエセ同和行為も問題になります。 兵庫県や神戸市は朝鮮学校を優遇し、補助金も全国で一番の補助金を拠出しています。 これは兵庫県全体の問題なのです。 自分の地元ですが、尼崎は発展途上国だと考えた方がいいと思います。 恥ずかしい話ですが、韓国人や中国人の方が遥かに民度も高く、礼儀正しいです。 尼崎人の品のなさ、粗暴、犯罪率の高さは、日本の痰ツボとしかいいようがありません。 アマの人はスウェットしか着ないと映画でも紹介されるほどです。 長崎屋の火災事故や福知山線の事故なんてのは、先進国では、まず発生しませんし、 小学校で女子小学生が同級生数人にレイプされて、被害者の親が加害者に訴えられたり、 夏祭りで、暴力団の露店をお断りにしたら3店舗しか集まらなかったり ツィッターで阪神尼崎が見たこともない血の海だと呟かれたり(市民のよくあるケンカ) 尼崎ドラム缶事件みたいなのが発生したり、なんでもありですね。 自分はカツアゲされたこともあります。

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兵庫県尼崎市は本当に治安が悪い?理由や過去の事件・危険地区まとめ

尼崎 事件 今日

作者:小野一光 出版社:太田出版 発売日:2013-10-30• 最近、NHKの経営委員に選ばれたことでも話題の売れっ子作家の百田尚樹が帯に言葉を寄せる。 「ホラー小説も逃げ出すくらいの気味の悪い本だった!」 尼崎連続殺人死体遺棄事件。 兵庫県尼崎市、香川県、岡山県で次々と明るみになった犯罪史上稀に見る凶悪事件。 複数の家族がバラバラにされ、分かっているだけでも死者行方不明者は10人以上とされる。 首謀者とみなされた角田美代子の留置所での昨年12月の自殺により、報道は一気に沈静化したが、我々の記憶に留めておくためにも本書は必読である。 15年の年月で起きた事件だが、長い年月に表沙汰にならなかったのは、血縁間で暴力や虐待が繰り返された点にある。 一方、一読しただけでは理解できない複雑な関係性がこの事件への関心の敷居を高くしていた面もある。 事件直後の新聞報道を見ても、被害者と美代子の関係が極めてわかりにくい。 「美代子被告の知人」、「美代子被告の義妹の夫の弟」、「美代子被告の養子の兄」などなど。 こうした中、事件直後にインターネット上で関心を集めたのがサザエさんに同事件を例えた場合だ。 事件の凄惨さを肌で嫌でも感じる。 「サザエがノリスケと共謀して、1、タラちゃんの嫁のリカちゃんを支配下において、リカちゃんちを滅茶苦茶にし、リカちゃんママの実家を滅茶苦茶にし、リカちゃんパパの兄弟も殺害 2、カツオの彼女の花沢さん死亡 3、ワカメのダンナの堀川君は沖縄で崖から落ちる、親兄弟行方不明 4、全然関係ないアナゴさんちとイササカ先生の家にも押し掛けて洗脳、一家離散、行方不明、死亡者多数 アナゴさんのお母さんがドラム缶に詰められてたところで発覚」 完全に関係性が一致しているわけではないので余計にわからなくなる方もいるかもしれない。 不謹慎かもしれない。 ただ、サザエさんの番組の最後に「来週のサザエさんは!」とサザエさんが呼びかけられないほどサザエさん一家が、一家離散状態になっていることがその異常性を物語る。 本書では著者が尼崎に長期滞在して、地元の住民と関係を築き、事件直後に大手メディアでは報じられなかった出来事に光をあてる。 この事件の闇の深さをうかがい知れるのが著者が懇意になった商店街の店主とのやりとりだ。 ある日、ほかに客がいないのを見計らって、飲食店主から一枚の写真を見せられた。 見たところ六十代の男が、楽しそうにカラオケを歌っている姿だった。 「あんなあ、小野さん。 この人、美代子らに脅されとったんや。 でもな、いま行方がわからへんねん」聞けば、安田さん(仮名)という、この人物は-中略-その後に出会った報道関係者の誰一人として知らなかった。 事件をかぎ回る著者を牽制したり、「ミニ美代子」のように近所の弱者を食い物にしたりする人物も登場する。 そして、その人物の背後には角田ファミリーとも近い関係にあった「組織」の存在を著者は明らかにする。 前述の店主とは異なる飲食店の関係者は「あんなあ、角田ファミリーだけがおらんようになったからって、なんも変わらんのやって-」と語る。 我々は、事件の一報を聞いたときに、「なぜ警察に行かなかったのか」、「なぜ弁護士に相談しなかったのか」、「無視すればよいではないか」と叫んだ。 警察の怠慢はあったにせよ、我々が想像するほど事件の構図は単純ではなかった可能性もある。 美代子の行為で気になるのは養子縁組みへの執拗さだ。 本書に出てくる人物相関図を参照にするだけで美代子の周囲で4組の養子縁組が存在する。 角田が作り上げたファミリーは力による支配で成立したいびつな形であった。 オウムや連合赤軍のマインドコントロールに例える見方もあったが、著者が取材を通じて浮き彫りにするのは美代子の家族への餓えである。 父母に全く愛情を受けないどころか、信頼されず、母親に働き場所として紹介されたのが売春宿。 十代半ばの角田美代子は何を思ったか。 支配を潤滑にするシステムを生み出した美代子ではあるが、それは「家族」への羨望が捻れた結果ではないか。 「家族」を欲したために、複雑な養子縁組を組んで「ファミリー」を形成。 自らのファミリーを維持するために、外部の血縁や無関係な家族から搾取を続けた。 家族間で暴力や虐待の強要し、内部崩壊させる様は自らが欲しつつも持てなかった「家族」への意識的な復讐にも映る。 関係性をサザエさんファミリーに例えられた角田ファミリーだが「サザエさん」こそが美代子にとって最大に忌み嫌う存在だったのかもしれない。 著者は、美代子と留置所生活を共にした人物の取材を交えて、絶対に美代子に逆らわないはずの存在であった「ファミリー」の面々が自白したことで自我が崩れ、自殺したと推測する。 カツオがサザエのことを波平に告げ口するのが当たり前の「家族」を知らなかったから起きた出来事でもある。 事件は現在進行形であり、行方不明者の数も把握できていない。 堀川君やアナゴさんだけでなく、中島君も行方不明かもしれないのだ。 美代子の死によって報道熱は冷め、我々の関心も薄れている。 だが、このおぞましい事件を忘れるには早すぎるのではないだろうか。 著者の巻末の言葉が印象的だ。 「忘れられないようにするためには、誰かがしつこくするほかない」。

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