副鼻腔炎手術後 ブログ。 副鼻腔炎の症状で歯痛や頭痛!自然治癒する?改善するには食事も重要☆

副鼻腔炎の手術をした

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今から約三年前にの入院手術をしました。 せっかくなのでの診断から手術までの詳細なレポートを書いていこうと思います。 手術後は正直「こんな辛いことを思い出してレポートを書くのはしんどいかも」と思いましたが(怖がらせてごめんなさい)、私の経験が参考になることがあればこれ幸いと書き残しておくことにしました。 私は以前から喘息と花粉症がありました。 花粉の時期や季節の変わり目は鼻水が出て鼻がムズムズすることはありますが、鼻から膿が出たり、の症状を自覚していなかったのでそんなに鼻の症状を意識することはありませんでした。 それよりも私は喘息の症状の方が辛かったので、まずは喘息の方を集中的に治そう!と喘息で著名な先生のところへ行ったのです。 喘息の先生の元で一通り診て貰うと「あなた鼻が悪いでしょ?いつも鼻をすすってるよ」と。 「そうですか?花粉症位はありますが・・・」 という訳で鼻のCTとの写真を撮ると 「これはだめだ。 耳鼻科の先生のところへ紹介するわ」と言われて耳鼻科へ行ったのが8月。 こちらも著名な先生で紹介状から2ヶ月待ちました(実はこの先生は3年待ちが当たり前で2ヶ月で診てもらえた私はすごくラッキーだったのです)。 いざ、で診ようとするも「あ、これは中が腫れていてじゃだめだわ。 すぐにCTを」と言われ、CTを。 結果 ・膿のポリープがある ・鼻全体の腫れ ・鼻の真ん中の骨が曲がっている 等が見られ、私のの値が高い(30以上)ことを知って「性」と診断されました。 投薬 系の抗菌薬 や点鼻などを続けてきても改善が見られない、喘息もそこそこ重い、ということで先生は「今すぐの必要はないが、手術での治療が一番良い」という結論を出されました。 私は喘息や風邪のひきやすい体質を改善すべく即刻で手術を決めました。 「手術は1週間以上の入院となります」と言われ、小学生の子供のことをまずどうしようかと思いました。 「時期を考えたいので次の診察の時にお返事します」と答えて帰宅しました。 母と相談したら「インフルエンザの季節になる前にして欲しい」と言われました。 次の診察で「10月なら手術が空いています」と言われ、「ではその時に」と決めました。 看護師さんに手術の内容な持ち物を聞きます。 「鼻という部位ですので、出血も多く、それを飲み込むと吐き気がします。 血液は吐き出して下さい。 そのためには2~3箱、枕元に置くごみ袋も10枚以上あるといいですよ」と言われ、「こりゃ大変なことになったぞ」。 色々調べたら、「ゴミ袋はスーパーのゴミ袋はカサカサと音がして同室の方の迷惑となるのでやめた方がいい。 音のしないゴミ袋がいい」という記事をいくつか見つけました。 なので黒で中が見えず、音のしないビニールの小さいゴミ袋を買って持っていきました。 準備が大変そうだなというのが第一印象でした。 入院当日。 午前中に入院をして、まずは肺活量など呼吸器の検査。 その後外来で医師から手術の説明等を詳しく聞き、手術同意書にサインをします。 ここで呼吸器その他問題ナシということで入院手続きを済ませ、無事に入院です。 持病の喘息やごく軽いですが食物アレルギーがあるので、医師、薬剤師、栄養士さんなどが立ち替わり病室にやってこられてとても忙しかったです。 最後に麻酔科の先生とお話をして終了です。 実は私は喘息の治療で使った内服が原因(とされる)で、副腎不全の状態です。 副腎皮質ホルモンは別名「ストレスホルモン」を言われ、ストレスがかかった時や病気になった時に通常より多く出て免疫を強化すると言われています。 そのストレスの最たるものが「外科手術」であり、手術の際は通常のの10倍程度を体内に入れないといけないと言われます。 それがないとショックを起こし、最悪の場合は命を落とすことになるのだそうです。 そのことについて麻酔科の先生とも話をして、手術の前後に点滴でバックアップを入れることになりました。 夕食を食べ、シャワーを浴びて入院初日は終了です。 私は午前中の手術のため、夜9時以降は飲食禁止となりました。 を貰っても興奮と緊張から余り眠れませんでした。 続きます。 sophieted.

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副鼻腔炎「蓄膿症」の手術後の経過について(術後2週間)

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さて手術当日です。 手術まで禁飲食です。 私の手術内容は 下鼻内手術 下甲介粘膜切除術 鼻中隔弯曲矯正術 の3つの手術を同時進行で行います。 もちろん両方の鼻の穴をします。 分かりやすく説明すると 「で、し骨洞という鼻の奥の空間の部屋の壁を取っ払って通りやすくし(慢性の手術) 腫れている鼻の中の粘膜を切除してアレルギー反応を起こりにくくし(の手術) 鼻の真ん中の骨が曲がっているので削って真っ直ぐにして鼻の通りを良くして 鼻茸(膿が入ったポリープ)を切除する」 という手術です。 私の手術は一番ということで朝8時半からの予定です。 トイレに行き、手術着に着替えて歩いて手術室へ向かいます。 手術室にはたくさんの先生や看護師さんが待機してらっしゃいました。 口腔外科の先生が見学させて頂きますとご挨拶を下さいました。 私の主治医はまだいらっしゃいません。 麻酔が効いた後にいらっしゃったのでしょう。 私の腕の血管は曲がっていて細く、太い点滴針が入らずにいつも苦労されます。 今回は腕は無理と判断されて、すぐに手の甲から針を入れられました(ちょっと痛かったけど、腕の血管よりはマシ)。 腕から麻酔を入れられ、15を数える前に意識を失いました。 「ああ、終わったんだな・・・・」と朦朧とした意識下で思いました。 覚醒を確認された後、気管に入ったチューブを抜きます。 これがとても苦しいと聞いていたので正直怖かったのですが、ぼーっとしていた間に抜かれてしまったのでよく分かりませんでした。 麻酔による吐き気などが無いか自分で確認しました。 吐き気等はありませんが、鼻はガッチリ詰まっていてもう口呼吸しか出来ません。 ストレッチャーで病室へ運ばれました。 時計を見たら1時過ぎ。 実質4時間半程手術室に入っていました。 その後、酸素マスクをしながら2時間は寝たまま安静。 痛みが出てきたので座薬を入れてもらいましたが余り効かず、点滴での痛み止めを入れて貰ったのでした。 鼻の手術は出血が多いのが特徴です。 鼻から流れる血液を飲んでしまうと、胃は血液を消化出来ず、嘔吐します(吐き気が出ます)。 なので、口から血液を吐き出さなければいけません。 手術前にを2~3箱用意しておくように言われていました。 (このは「」等の柔らかいがオススメです。 何度も口を拭うので、普通のだと荒れて口周りが切れると思います) 痰のようなものが喉に詰まっているだけで、血液のようなものは降りてきません。 が、急にこみ上げてくる感覚に襲われ、慌てて起き上がり、口からゲボッと吐血しました。 シーツにまで飛ぶほどの吐血をしてしまいました。 そして酸素マスクをしながら痰のようなものを堪え、血で染まった鼻の綿球を自分で変えなければいけません。 綿球もただ鼻に入れればいいのでは無く、自分で固く丸めて入れないと血液をしっかり吸ってくれないのです。 これを術後の朦朧とした状態でこなすのは本当にキツかったです。 ゲボーっと吐血しているのに看護師さんが「自分で綿球替えます?」みたいなことをサラッとおっしゃって「はあ!?」と思いました(苦笑)まあ、結局自分で替えたけど。 その後2時間して歩いてトイレに行きますが、痛み止めの点滴も入ってきてフラッフラ。 目もろくに開けていられません。 看護師さんに付き添われてトイレに行ったら生理になっていました・・・。 準備はしていましたが、術後の生理は本当にしんどいです。 出来れば生理前は外した方がいいです。 手術の刺激で生理が前倒しになってしまうこともあるので。 点滴ポールを押して歩くのもやっとの状態でトイレへ行くので精一杯ですよ。 ホント! その後水を飲むことだけは許可されます。 食事は禁止です。 苦しくて飲む気はしませんでしたが、いかんせん口が乾くので水をちょびちょび飲みました。 余り飲むと吐き気がするそうなので、少しだけ飲んで終わりです。 300ml位は少しずつ飲んだかな。 鼻に目一杯ガーゼが詰まってますので、声も小声しか出ない、鼻呼吸は出来ない、口は乾く、痰は溜まる、血は吐き出さないといけない、綿球はすぐに血で染まるので交換、頭痛と顔の痛みで30分ウトウトするのがやっと。 夜は気管支拡張剤の点滴を入れてから痛み止めの点滴をして貰いますが、結局ほとんど一晩中眠れずに朝になりました。 続きます。 sophieted.

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副鼻腔炎は手術で治るのか?慈恵医大での手術から8ヶ月経過して

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前回の記事までは入院前に書いていて、ここからは退院後に書いている。 つまり無事生還出来た。 あまり思い出したい記憶ではないが、あと2回で書き切ろうと思う。 入院日(手術-1日 入院は手術の前日午前。 自分の運転する車は禁止されているので電車で。 書類の提出後、個室に案内され、ジャージに着替えて昼食。 旨くはないが、不味くもない普通食。 個室はTV(BSあり)、冷蔵庫、トイレ、シャワーがあり、TVの台からスマホの電源も取れ、電波も問題ないのでまずは一安心。 その後、CT検査と、耳鼻科医の診察。 耳鼻科医は執刀医ではなく、医学生が2~3人見学していて、内視鏡カメラを鼻に長時間突っ込まれて医学生に対して「ここがこうなってるから切る」とかなんとかゆっくり説明をされてイラついたせいか、終わる頃に気分が悪くなった。 20m毎にベンチに座りながら、なんとか病室に帰還。 昼寝して、夕食。 消灯は9時なので、それまでにシャワーを浴びて消灯してくれとのこと。 多分そんなに早く寝れないというと、個室なので音をうるさくしない限りはある程度自由にしてよいとのこと。 元々夜行性の生活になっていることと、手術へのビビりもあって明け方までスマホをいじって過ごした。 手術日 朝8時くらいから手術。 パンツ1枚+手術着を着て徒歩で出発。 手術室に入った後のことは当然殆ど記憶なし。 そして部屋に戻ってからが地獄。 鼻の入り口は綿球で閉じられているがドバドバ出血しており頻繁に交換。 鼻から喉にも出血が下りてくるが、これは飲み込まずにティッシュに吐き出せというがティッシュを取り出す行為もきつい。 酸素マスクを着けているが呼吸もつらい。 トイレは尿瓶で対応するとのこと(尿道カテーテルは無し)だが、特にその必要はなかった。 2時間ほどで出血はある程度収まり、3時間経過で酸素マスク終了、自力トイレ移動 点滴台と共に移動 、飲み物(ポカリスエット等)が許可された。 ただし麻酔の影響で重度の2日酔いに似た状態で、徒歩3mのトイレですら結構きつかった。 深夜に至るまで気分はイマイチで、この日は絶食なのでゲロは出ないのだが、何度もオエっとなる。 一睡もできず。 手術+1~2日 麻酔が抜けきるのが24時間くらいらしいので、翌日の昼には2日酔い的な症状は改善した。 また、そのあたりで点滴も終了した。 その後、鼻洗浄というものを指導された。 食塩水を片鼻にぶち込んでもう片方から排水する。 固まり掛かっている血がドバドバ排出されて気持ち良い。 毎日1リットル自分でやれとのこと。 恐らく出血、睡眠不足のため、元気には程遠い状態。 ボケーっとTVを見る程度(内容は入ってこない)の元気はあるが、何かに集中出来るような状態ではなかった。 寝たきり老人のような状態で2日程過ごす。 出血・麻酔影響などの術後の問題が解消したあたりで、鼻が完全に詰まっていることが大きなストレスになってきた。 起きてるときは口呼吸だけど、寝に入ると自動的に鼻呼吸に切り替わり、窒息して即目が覚める。 この鼻詰まり状態は、術後にぶちこまれたガーゼによるものかと思っていた(それを抜くときが地獄との噂)のだが、この病院ではガーゼの類はほぼ入れておらず、今は鼻粘膜の腫れと出血等により詰まっているということらしい。 少しは精神的に楽になり、テレビを見たりスマホで漫画を読む程度の気力は戻ってきた。 huluの動画とかNintendo Switchなども用意していたが、まだそこまで積極的に何かをする意欲は無く、これらの準備は無駄になった。 また、海外サッカー、テニス、スキージャンプ、フィギュアスケート世界選手権などのスポーツ日程をメモっていたが、ほぼ全てコロナ騒ぎで中止になっていた。 その代わりに毎日変わり映えしないコロナ特番をずっと観ていた。 そして手術5日後の朝には退院となった。 次回は最後に、費用のこと、独身無職の入院に関する総括などを書きたいと思う。

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